こんにちはkabuです。今回は、
遊覧船「KAZU I」はひかり八号だった?件について書いていきます。
ひかり八号はKAZUⅠ(カズワン)だった?
2022年4月23日に知床遊覧船の「KAZU I」が浸水事故をしたという悲しい事件がありました。
社長の謝罪会見や、ご遺族の方の声などが連日ニュースになっています。
5月24日にはその沈んだ船は「ひかり八号では」「外海で使われるとは…」との情報が入りました。
知床観光船のカズワンのニュース画像を見た広島県に住む元船員の高齢男性は、
「あの船が外海で使われていたなんて」「まさか、ひかり八号なんじゃないか」と証言。
ひかり八号は穏やかな海を高速で走るための船で、スピードがよく出る立派な船でした。
本四連絡橋「しまなみ海道」がまだ開通していない時代。「西の日光東照宮」とも呼ばれる同島の耕三寺(こうさんじ)を訪れる観光客目当てに、同じ航路で3社がしのぎを削っていた。そのうちの1社がエンジン2機を備えた高速船を新造。「ひかり八号」と名付けられたその船が、後のカズワンだ。
引用:https://news.yahoo.co.jp/
「ひかり八号」で船員を務めていた同県の男性は「スピードがよく出る立派な船だった」と懐かしむ。ただ、当時は景気が良く、客を獲得するため、就航する船は航行時間を短縮できる軽くて速い新造船に2年ほどで入れ替わっていた。
船の更新に伴い、カズワンは90年代に岡山県の客船会社に売られていったが、同県内の定期航路はわずか数年で廃止された。大阪市の個人所有を経て、再び売りに出されたカズワンを2005年10月に買い取ったのが、知床遊覧船だった。
ひかり八号の改造は少しで国の検査を通過した?
知床観光船は、保有していた元の船よりも定員の多いカズワンを購入。
事業の拡大を図ったとみられます。
カズワンは、湖と同じ「平水」に分類される瀬戸内海から、知床半島・オホーツク海の「限定沿海」に航行区域が変わったことで、より高いレベルの安全性を求められるようになった。
引用:https://news.yahoo.co.jp/
ただ、定員を79人から65人に変更するなどの改造をした程度で、外形をほぼ変えることなく、国の検査は問題なく通過していた。
ひかり八号ツイッターの声
でも、前社長の時代からこの船でずっと安全に営業してたんでしょ。
引用:https://twitter.com
内海仕様で外海に耐えられないから沈没した、て話じゃないと思うよ。
今のオーナーではなく前の知床遊覧船オーナーが購入したといういうことですね。
引用:https://twitter.com
これ、国の検査体制も相当ヤバくない?
引用:https://twitter.com
40年近く前に作られた、瀬戸内海向けの客船だったとは、
引用:https://twitter.com
知っていたら犠牲者たちは乗らなかったのではないか?
カズワンは本来、湖や波の穏やかな海を運航するための船で、
引用:https://twitter.com
たいした改造もなしに外海運航する船と認めた国の検査も見直すべきということか。
国の検査通過したのに。
事故が起きてからじゃ遅いよ
もっとちゃんと安全を考えるべきだった
この観光船業界は結構ブラックな部分あるらしい。
気をつけなくては
ひかり八号まとめ
最後まで読んで頂きありがとうございます。
下記の記事もあわせてご覧ください。
コメント